はじめに


デジタルカメラは事実を正確に記録するように作られています。しかも最近のデジカメは全て自動のブラックボックスになっていますので、そのままシャッターを押せば、カメラマンの意志とは無関係に、目の前の被写体を正確に記録するだけです。

正確に記録すると言うと聞こえが良いですが、反面、被写体の悪いところばかりを正確に記録してしまうのが現実です。

魅力的な商品写真を作るためには、まずブラックボックス化されたカメラの内部機構を理解し、自動化された設定をひとつずつ解除し、カメラマンの意志によってカメラを操作できる状態にする必要があります。

つぎに、被写体となる商品の特徴を理解し、表現したいイメージをまとめ、実際の商品をイメージに合わせ配置します。つぎに、配置された商品をより美しく表現するためにライティングによって立体感と色彩を調整します。

この段階で、被写体はカメラマンの意志を反映したために自然界にはない特殊な存在となっています。その特殊な存在をありのままに写すためには先に述べたように、カメラの自動機構を解除しておく必要があるのです。

矛盾するようですが、もう一度繰り返し言いますと、カメラは自然なものを正確に伝えるリアリズムによって作られています。

商品撮影は日常にないものを作り上げて、現実以上の超現実を表現しようとするシュールリアリズムです。超現実をそのまま写し取るためにはカメラに組み込まれた自然なものを正確に写すための機構が邪魔になります。

デジタルカメラの中には全ての設定を手動で設定出来る高級機が存在しますが、一般には自動化された設定を解除できない機種がほとんどです。そこで、ブラックボックス化されたカメラの設定を理解し、カメラの自動機構を逆手に取ってだましながら自分の意志を反映させるという方法が必要になります。

今回は写真撮影の基本理論と、その理論とデジカメの設定の関係、設定の利用法、商品のイメージ作りなどの方法を通して商品撮影の在り方を考えることとします。

 

撮影レンズの焦点距離について


フィルムを使う撮影もデジカメも光学レンズを使用することに変わりありません。厳密にはフィルムの大きさやCCDの大きさによって画角に対するレンズの焦点距離は様々なのですが、(例えば35ミリ判で50ミリの標準レンズは6×7判では80ミリが標準です。)一般には35ミリ判の一眼レフカメラのレンズ焦点距離に換算して表現されています。したがって、このセミナーでも35ミリ判のレンズに換算して説明します。

デジカメでも一眼レフでも50ミリレンズを標準に21〜24ミリを超広角、28〜35ミリを広角、70〜120ミリを中望遠、135ミリ〜を望遠、300ミリ〜を超望遠としているようです。一般的な商品撮影では90〜135ミリくらいの中望遠を中心に使用します。50ミリの標準レンズはむしろ広角の部類に入ります。

 

ズームレンズについて


普及タイプのデジカメは35ミリ〜90ミリクラスのズームレンズが一般的です。ですから、ズーム機構のない35ミリ程度の単焦点タイプのデジカメでは商品撮影は無理と考えてください。

商品撮影にはズームレンズを90ミリくらいの望遠側に固定して使用します。望遠側が70ミリまでしかない機種でも70ミリあればなんとか我慢できるという範囲でしょうか。

商品撮影に90ミリ程度の中望遠レンズを使用する理由は、例えば35〜50ミリの広角系のレンズを使用した場合、パースペクティブ(遠近感)が誇大に表現されるためです。例えば四角な立方体を上方から撮影すれば、カメラに近い直方体の上の部分が大きく、下の部分が小さく写ります。また、直方体を複数配置した場合、直方体と別な直方体の間隔が実際よりも広く写ります。それらのパースペクティブが人間の眼の感覚に近い写り方をするのが中望遠レンズという事になります。一方、それ以上の焦点距離の長い望遠レンズで撮影した場合には、今度は逆に物と物の感覚が圧縮されて特殊な表現になってしまいます。

機種によってはズームの他にデジタルズームという機構の付いたものもありますが、これは使用しません。デジタルズームは画像の中心部だけを拡大するもので、画像の解像度が半減してしまうからです。そのことからすれば、35ミリ程度の単焦点タイプのデジカメでデジタルズームだけが付いた機種も商品撮影には使えません。

実際の撮影では、撮影位置を固定し、被写体の大きさに合わせてズーミングして撮影している人をよく見かけますが、商品撮影の場合、これはやめてください。先に述べた通り、中望遠の焦点距離に固定して撮影するわけですから、被写体の大きさを調整するためにはカメラマン自身が前後に移動して撮影しなければいけません。

商品の集合写真などで広角的な表現が必要な場合でも同じです。まず中望遠に合わせ、可能な限り後ろに移動してアングルを決めます。それでも入りきらない場合に少しずつ広角側にズーミングして撮影してください。

レンズは焦点距離によって表現がそれぞれ大きく異なります。自分が表現したいイメージに合った焦点距離を選び、その距離に合わせて撮影位置を移動するのが基本です。

 

撮影位置(高さ・角度)について


一般のカメラでは被写体に水平にカメラを構えない限り、パースペクティブによる垂直のゆがみは避けられません。そのゆがみを画面で確認しながら、どこまでそのゆがみを許容できるかを考えて撮影位置の高さを決めることも重要です。

また、同じ焦点距離を使用しても被写体の大きさが異なれば撮影位置も移動します。その際、手前に移動した場合は撮影位置を低く、後ろに移動した場合は逆に高くしないと商品の写る角度が同じにはなりません。

定位置で同じ焦点距離、同じくらいの大きさの商品の撮影では撮影台に定規を置くなどして商品の写り方の角度を統一します。

しかし、商品の大きさが多岐にわたる場合は経験的にカメラマン自身が商品の角度、撮影位置の角度などを身につける必要があります。

それがむずかしい場合には、撮影現場に別にモニターを用意し、以前に撮影した商品を参考にしながら撮影角度を決めるようにします。

もし、商品の角度や撮影の高さ、焦点距離などがバラバラだと、一枚のパンフレットや数ページに及ぶ商品カタログにした場合、全く統一のとれないものになってしまいます。

おなじことが背景の色や光源の色などにも言えるのですが、これは後に述べます。

 

デジカメの画素数について


デジタルの画像はごく小さな点の集まりで作られています。ですから画素数とは画像を構成している点の数ということになります。その単位はピクセルという言葉で表します。たとえば200万画素の画像なら200万個のピクセル(点)の集まりというほどの意味です。実際にはコンピューターのモニターの比率に合わせて1600ピクセル×1200ピクセルが200万画素のサイズということになります。

 

解像度について


プリンターなどで使われる画像のきめ細かさを表す単位で、単位はdpi(ディーピーアイ)で表します。つまりドット・パー・インチという意味で、1インチの中に何個のピクセル(ドット)が並んでいるかという意味です。たとえば、1600ピクセル×1200で200万画素の画像は144dpiの細かさでは28.22×21.17cmですが、倍のきめ細かさの288dpiにすると14.11×10.58cmと長さで半分、面積で1/4になってしまいます。

 

商業印刷に使われる解像度について


商業印刷では1インチあたりの網点の大きさを表す網点線数lpi(エルピーアイ)の2倍の解像度が基準になります。一般のカラー印刷の場合、通常175lpiで印刷しますので、印刷に必要な画像の解像度は175×2=350dpiとなります。それ以上だと無駄なばかりか出力に時間がかかることにもなります。

 

デジカメの画素数によって変わる印刷可能サイズ

レーザープリンタ・インクジェットプリンタの場合


4色のインクを使ったドットによる疑似階調方式のため、出力に使われる解像度の1/2〜1/4程度の解像度があれば十分とされます。つまり、1色の画像は1/1、2色を組み合わせて作られた色なら1/2、写真などのように複雑な色の組み合わせなら1/4で良いと考えられます。

また、最高解像度1440dpiのプリンターでも疑似解像度を作るために1440dpiが使われているだけで、リアル1440dpiのデータを出力できるわけではないので画像の解像度は144dpi〜360dpiくらいで十分です。

さらに、例えばプリンタの解像度が720dpiの場合、200dpiの画像より180dpiの画像のほうが出力がきれいになります。つまり、プリンタの解像度を整数で割り切れる解像度のほうがきれいにな出力がえられるわけです。

 

ピクトログラフィーや昇華型プリンターの場合


フィルムを用いる銀鉛方式や昇華/溶融型プリンターの場合は各色を混ぜ合わせた色の情報を1個のドットとして連続階調を作り出しますのでプリンターの解像度が300dpiであれば、使用する画像も同じ300dpi以上である必要があります。

 

撮影用光源と色補正(ホワイトバランス)について


物を照らし出す光にはそれぞれに特有の色があります。その単位を色温度K(ケルビン)で表しますが、人間の眼には色温度を補正して全て太陽光下での自然な色あいに変換してしまう性質があります。

ところが機械であるカメラやレンズにはその機能がありませんから、蛍光灯の光は青緑に、ロウソクの光は赤く、ガスの炎は青く写ります。

普通のカメラの場合はレンズの前に色変換フィルターを付けて補正しますが、デジタルカメラの場合はカメラ内部で自動処理しています。これがホワイトバランスです。

 

オートホワイトバランス


一般のデジカメに多く採用されています。画面内の一番輝度の高い部分を白と判断して色温度の偏りを計算で補正します。

ただし、画面内に白いものがない場合には他の物を白と判断しますので写った画像が赤くなったり、青くなったりするのはこのためです。

 

ワンタッチホワイトバランス


比較的高級なデジカメに付いている機構です。レンズの前に白い紙を置き、ホワイトバランスボタンを押して補正します。かなり正確な方法ですが、光源が変わるたびに設定しなおさなければならないという欠点があります。

 

ホワイトバランスのマニュアル設定


一般のデジカメにも多く採用されています。色温度についての知識がないとうまく使えません。ただし、何度か試してみて、その場の光源に対する設定値を記録しておくと商品撮影には便利に使えます。色の偏りが避けられないオートホワイトバランスよりはこちらの方がおすすめです。

 

色温度について


写真用フィルムでは5500ケルビンをデーライトと呼び、標準の光としています。色温度が低くなれば赤みが増し、色温度が高くなれば青みが増すことになります。

蛍光灯の光には緑の成分が含まれるため、色温度の他にマゼンタ色による補正が別途必要です。(デジカメのホワイトバランスには蛍光灯用の4000〜4500Kにマゼンタ補正が含まれています。)

800k  熱したニクロム線
1000K 炉の火
1900k ろうそくの火
2100k 石油ランプ
2856k 100Wガス入電球
3000k 電球色蛍光灯
3200k 写真用タングステンランプ
3500k 温白色蛍光灯
4000k 日の出1時間後、日の入1時間前
4300k 白色蛍光灯
5003k 昼白色蛍光灯、標準照明
5035k 正午の平均光
5800k 4月〜9月平均工
6500k 昼光色蛍光灯、フラッシュ光
6800k 曇天光、日陰

 

適正露出について


フィルムを使用するカメラもデジカメも、被写体の明るさを判断して調節する『露出機構』には変わりがありません。そして、明るすぎたり暗すぎたりせず、眼で見る通りの明るさに写る露出のことを『適正露出』といいます。デジカメの場合、撮影後もパソコンで明るさを調節できるので、適正露出は関係ないという意見もありますが、実際には明るさを調整する段階で画像の階調が失われています。人間の眼のように明るさの階調をスライドさせることの出来ないフィルムやCCDは極端に明るい部分はただの白、極端に暗い部分は黒と判断します。階調のない白や黒に写ってしまった部分をいくら調整してもただのグレーの空間にしかなりません。それで、妙にコントラストだけが強い画像になってしまうのです。

カメラの露出機構は、画面の中に見える全ての要素をまとめてひとつの画像とした場合、おおよそ18パーセントのグレーに見えるという理論を基本にしています。18パーセントのグレーというのは一般の風景や黄色人種の手の甲などがそれにあたるといわれています。

ですから、商品撮影で全体が18パーセントのグレーにならない条件。例えば白い背景の中心に商品が置いてある撮影などでは全体が明るいグレーになっています。カメラはそれを18パーセントのグレーだと考えますので光量が多すぎると判断します。結果としてレンズの絞りを絞り込みますから暗い写真になってしまいます。デジカメで撮影した画像が暗く写ることが多いのはこのためです。反対に、黒い背景を使った場合は明るすぎる画像になってしまいます。

結果として、適正露出の画像を得るためにはグレーの背景を使って撮影するのが良いということになりますが、それでは表現の自由が限られてしまいます。

 

露出補正について


フィルムに写る白から黒までの階調はレンズで言えば大体5絞り分です。つまり中心に18パーセントのグレーを置いて白までが2.5絞り、黒までが2.5絞りと考えられます。ですから、白い紙を写して白く表現するためには2.5絞り分露出を明るめに補正します。黒い物体を撮影してグレーにならないようにするには2.5絞り分絞り込んで暗く写す必要があります。

実際にはこんな極端な例はありませんので、白い背景での撮影なら+1〜+1.5、黒い背景なら−1くらいカメラの露出補正機構を使って補正してやれば適正露出に近い画像が得られます。

一度撮影して、暗かったり明るかったりした場合、後で修正するからいいや、と考えずに、露出を補正してある程度納得のゆく明るさに撮影しておけば、後の修正も非常に楽になります。

 

被写界震度について


レンズは絞り値(F)が大きいほどピントの合う範囲が広くなります。一方、絞り値が小さいとピントを合わせた部分以外はぼけた写真になります。また、レンズが広角なほどピントの範囲は広く、望遠になるほど狭くなります。
そのピントの合う範囲を被写界震度といいます。被写界震度はカメラでピントを合わせた部分の手前を1とすると後ろが2くらいの広さになります。ですから、十分な光量のある商品撮影では被写体の手前から後ろまでの距離の手前から1/3のところにピントを合わせれば被写体全体にピントの合った写真が撮れることになります。

 

ストロボ撮影について


商品撮影をする場合、特別な光源を用意せずに室内の照明だけで撮影すると光量が足りないためにカメラは内蔵されたストロボを自動的に発光しようとします。しかしレンズと平行な角度からストロボで照らし出すと強い影が出て商品撮影には適しません。そのためストロボは発光しないように設定します。

ストロボを発光しないように設定すると、カメラはレンズの絞り値を小さく設定します。細かな設定のできないカメラの場合、ここまでが限界で、写真はピントの合う範囲の狭いものになってしまいます。もっと広いピントが欲しい場合には撮影用に照明を増やしてやるしかありません。

絞り値やシャッタースピードを設定できるカメラでは絞りをF5.6くらいにしてシャッタースピードを長くすることでピントの範囲を確保できます。

ただし、シャッタースピードが1秒を越えて長くなると、CCDの性能上ジャギー(ギザギザ)が発生する場合がありますので一般のデジカメでの長時間露出は避けるべきです。

また、撮影の光量が不足するとカメラはフィルムのISO値にあたる感度を上げようとします。一般にはISO80〜ISO320程度の間で調整されますが、感度が上がるほど、同じ画素数でも画像が粗くなります。

したがって、感度を設定できるカメラではISO値を80又は100にして撮影すべきです。

いずれの場合でも室内などの光量の少ない環境で商品を撮影する場合は、カメラブレをおこさないように三脚を使用することが重要です。

カメラブレの目安は一般には1/60秒以下と考えられます。

 

JPEGファイルについて


高級機を除き、一般にはJPEGファイルとして画像が保存されます。JPEGファイルは写した画像の同じ色の部分などを省略することでサイズを圧縮するものです。したがって、印刷会社などで高度なスキャナーによる取り込みを行った画像と較べれば同じ解像度であっても品質的にはかなり劣ると考えるべきです。

しかし、最高の品質よりは低コストと利便性を重視するならデジカメの画像でも印刷には十分に使用できるものです。

また、カメラの設定によりハイクオリティ、ファイン、ノーマルなどを選択できますが、これはJPEGファイルの圧縮の度合いによるものです。プリンターによる印刷ならファイン。本格的な印刷物に使用するならハイクオリティで撮影します。ノーマルはWEB又はメール用と考えるべきです。

設定はJPEGファイルの圧縮の度合いの他、ピクセル数でも指定するようになっていますので、最大のピクセル数でファインというのが標準と考えられます。

 

商業印刷での利用について


商業印刷ではEPSやTIFFという画像フォーマットを使用します。また、画像処理ソフトなどで見るとわかるのですが、カラーモードがCMYKという、カラー印刷に適したモードで保存されています。

ところがデジカメで撮影した画像はJPEGで保存され、カラーモードがRGBというモードになっています。この画像を商業印刷で使用する場合には印刷会社でEPSやTIFFに変換し、モードもCMYKに変換してもらうのが無難です。

ただし、画像のトリミングと解像度350dpiへの変換は自分で行うようにします。また、自分で色補正を行う場合はJPEG、RGBのままで行いそのまま保存するのが原則です。

CMYKは印刷に最適化したモードなので、色補正は専門家に任せるべきです。また、JPEGを他のフォーマットに変換して補正を行い再度JPEGで保存するのも禁物です。JPEGは圧縮用のフォーマットなので、圧縮したものを更に圧縮することになり、画像が粗くなるからです。